クーパー(Peter Cooper)のヴィンテージおよび現代ピアノ論

ピアニスト,チェンバリスト,ピアノ教師であったピーター・クーパー(N.Z., 1918–2004)はその著書『ピアノの演奏様式』(原著1975年,竹内ふみ子訳,シンフォニア,1987年)において,ピアノ演奏にとって重視されるべきは“様式”であり,それはさらに作曲家個人の様式,作曲家の国の様式,作曲家の時代の様式,楽器の様式,演奏家個人の演奏様式に細分化されると述べています。

 以下では楽器,つまりクーパーの著書の主役であるピアノの様式に係わる彼の考えを紹介しておきたいと思います。

 クーパーによれば,ピアノにおける主要な進化は1800年から1880年の間に起り(134ページ),1880年に始まったその製作における「黄金時代」ないし「全盛期」は1914年,つまり第一次世界大戦勃発をもって終止符が打たれました(17ページ)。

両大戦間期においては「黄金時代」の輝きこそ失われたものの,スタインウェイをはじめとする著名ブランドによって辛うじてその「伝統は維持され」ました(18ページ)。

 ところが,第二次世界大戦後,音質より音量が重視されるようになり,「戦前のピアノフォルテの音に感じられた魅力の多くが失われ」る傾向が顕在化して来ます(同)。

この変化について彼は:
現代のグランド・ピアノは優雅な楽器とはとても言えないが,今日の作曲家や演奏家からしばしば受ける傲慢な取り扱いには充分適している。その主な欠点は音にある。

現代のグランド・ピアノは表現力に欠けており,そのため弾いていると腹立たしくなることが時々あり,1939年以前の先駆的ピアノの音のあまさを持っているとは到底いえない(19ページ)。

と述べ,皮肉を込めて「堅くて冷たい音」を持つ現代ピアノ(134ページ)と「ピアノと鼓膜に対する攻撃(152ページ)」さながらの現代クラシック曲との親和性を指摘し,返す刀で現代ピアニストの機械のような演奏様式を揶揄しています。

 彼は戦後生れの現代ピアノが工業製品化したため,その発音特性は「歌うような性格」から「打楽器的な」発声へと変貌を遂げてしまっているとも嘆いています(38,87ページ)。

 また,彼は:
   現代のピアニストがドビュッシーの魔法の響きの世界,暗示の音楽,薄明かりとぼんやりした低音,ものうげな音楽を理解することはむずかしい。

現代ピアノでひくと,「ペアレスとメリザンド」の薄暗い森をサーチライトやネオンサインで照らしているような感じがする。今日,ピアノはたたく楽器であって,なでる楽器ではない。叫ぶ楽器であって,つぶやく楽器ではない。

ピアノをドビュッシーほど親しみを込めて扱った作曲家はこれまで誰もいない。彼の言葉には,少なくとも1939年以前のピアノが必要である(150ページ)。と断じています。

 しかし,彼は20世紀音楽を害悪視していたワケではありません。そのスタンスは:
   20世紀のピアノ曲はピアノのより好ましい性格のいくつかを無視しているので,それだけを練習しているピアニストは,19世紀の調性の微妙な変化と取り組む場合には当惑してしまうだろう。

しかし,20世紀音楽の研究と演奏は,伝統的な線に沿って育ってきたピアニストに必ず役に立つ。20世紀音楽の知的な性格に神経を集中させれば,ピアニストは他の時期の構成法をよりよく理解できるようになる(157ページ)。
という彼の言葉に明白に表現されています。

私はあんまり知的でないためか現代クラシック曲という苦い良薬(?)を勉強のために飲み込む気にはなれていません。

しかし,ドビュッシーやそれ以前の曲を現代ピアノで苦心しながら弾きもすれば,ヴィンテージ・ピアノで弾くこともあります。どんなピアノであれ,その特性を活かしながら演奏すること自体,とても楽しいのですから。

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この記事を書いた人

坂上麻紀

坂上麻紀

現在は東灘区にてピアノ教室を主宰の他、ラウンジピアニスト、各種イベント、シニアマンション・病院等での出張演奏にて活動中。神戸女学院大学音楽学部音楽学科ピアノ専攻卒・同音楽専攻科修了。