ラフマニノフソナタ2番について(神戸市東灘区甲南山手・深江・ピアノ)

ラフマニノフソナタ2番

この作品はピアノ協奏曲第3番の出版から3年後、1913年に書かれた。それまでに3曲のピアノ協奏曲と2曲の交響曲を書き上げていたラフマニノフは、既に後期ロマン派的な作風による自身の手法をしっかり確立しており、このピアノ・ソナタもそうした作風にそって作られている。

1913年の夏を、ラフマニノフはローマで過ごしている。このとき滞在していたのは、彼の尊敬するチャイコフスキーが長く使用していた部屋で、ピアノ・ソナタ第2番はこの部屋で書き上げられた。

この作品は3つの楽章からなるが、これらは切れ目なく演奏される。第1楽章の冒頭に提示される主題は、循環主題として第2楽章、第3楽章にも現れ、作品全体の統一感をよりいっそう強めている。

1931年にはラフマニノフ自身による改訂が行われ、当初26分であった演奏時間は、彼自身の言葉によると、「ショパンのソナタは19分で、それだけですべてを表現しつくしている」ので、大幅なカットにより19分に短縮された。また、同時に多くの声部が動く部分が修正され、よりシンプルなテクスチュアへと変更されている。

ちなみに、ラフマニノフの親しい友人であったホロヴィッツは、この改訂版では満足できなかったようである。ホロヴィッツは、作曲家の同意を得て、1913年のオリジナル版とこの改訂版を融合させ、さらに手を加えたホロヴィッツ版とも言うべき改作を行い、その演奏も残している。

第1楽章、アレグロ・アジタート、変ロ短調、4分の4拍子。ソナタ形式だが、自由な変奏と豊かな和声によって、形式にとらわれることなくドラマティックに展開していく。第2楽章、レント、ホ短調、8分の12拍子。三部形式で、循環主題が第1楽章とは対照的に、ゆったりとした幻想的な雰囲気で展開され、第1楽章の第2主題で静かに閉じられる。第3楽章、変ロ長調、4分の3拍子。ソナタ形式だが、第1楽章と同じく自由な展開が見られる。まず、循環主題が華麗に提示され、第2主題が優雅に展開された後、循環主題が再現される。最後は、技巧的に装飾された循環主題によるコーダできらびやかに終結する。
ピティナピアノ曲辞典より引用。
執筆者: 横田 敬

ラフマニノフソナタ2番について私が感じる事…

ラフマニノフがロシアを去る前、最後に書かれたピアノ作品のうちの1つがこのソナタ2番です。ラフマニノフは、ピアニスト・作曲者・指揮者としても偉大な人物でした。

1917年のロシア革命後の祖国に芸術家、作曲家、ピアニストとしての未来はなくなったと感じたラフマニノフは祖国を捨てなければならなくなりました。

19世紀終わりから20世紀にかけてのロシアの複雑な政治状況の中、ラフマニノフは練習曲音の絵op.39以降長いこと作曲をしていません。

心の奥深くに、祖国を奪われた喪失感のようなものがあったのではないかと思います。ソナタ2番を聴いていても、明るさはほとんど感じられず、悲しみや、やり切れなさのような屈折した思いが、私には伝わってきます。

ラフマニノフの載っている雑誌の切り抜き、1529回目のリサイタルの模様です。部屋に飾っています。

ラフマニノフ〜鐘の響き

ラフマニノフの作品全てにおいて、鐘の響きは特徴的な要素と言えます。ソナタ2番の最初の部分、これも鐘の響きですね。パパーン!の和音です。最初の1ページで3回出てきます。

ラフマニノフは全ての音型を、うたってないといけません。ひとつの声部がフレーズを終わらせると、次の声部が押し寄せるように現れる、うねるようなラフマニノフのメロディはとてもドラマチックで美しいです。

ラフマニノフは小さい頃からノヴゴロド大聖堂の鐘の音を愛していたそうです。どんなインスピレーションを与えたのか、間近で一度聴いてみたいものです。

ラフマニノフと同じ時代1902年に誕生した、我が家のヴィンテージスタインウェイ。最初にこのピアノを弾いた方は、ラフマニノフの演奏を聴いたかもしれませんね…。

長い歴史の中のほんの一部分しか、人間は生きられないのですね。精一杯、噛みしめなくてはいけませんね。

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この記事を書いた人

坂上麻紀

坂上麻紀

現在は東灘区にてピアノ教室を主宰の他、ラウンジピアニスト、各種イベント、シニアマンション・病院等での出張演奏にて活動中。神戸女学院大学音楽学部音楽学科ピアノ専攻卒・同音楽専攻科修了。